レインボー通信
◆2006年4月25日発行
(第8期−第1号)
移動診療の報告
私たちがインドの貧しい人々のために行っているこのクリニック事業は、本当に小さな事です。でも、年に数回しか実施できない移動診療でも、郊外の貧しい無医村の人達は心待ちにして本当に喜んでくださっています。彼らは、具合が悪いとわかっていても、薬を買うお金もありません。それどころか、病人を医者に診せるために、町に連れて行く交通費すらありません。
『もし、今目の前で、病気で苦しんでいる人が、私の大切な人だったら…』と思って、ご寄付くださった方々に心から感謝申し上げます。
2006年4月1日、コルカタ市内から30キロ程離れたバラサトというところで、移動診療を行いました。当日は4名の医師が診察にあたり、たくさんの薬やビタミン剤などを無料で配布しました。午前9時から始まった移動診療には、200人以上の住民達が訪れ、とても喜ばれました。
第83回『インド心の旅』に参加していたNPO法人『風に立つライオン』の医学生さん達も、診療の様子を熱心に見学しました。
レインボー・ホームに滞在して 金子和江さんのお便り
2005年の年末の『インド心の旅』の後、そのままホームに滞在して2月末まで長期ボランティアをしてきました。その間の子ども達の様子をお知らせします。
インドのチャイは美味。ミルクに紅茶の葉、カルダモン(香辛料)、ショウガ、たっぷりの砂糖を入れて、グラグラ煮たものですが、インドで寒いこの時期に飲むのは、思わずにっこりしてしまうほど美味しいものです。
ある日、元気で腕白な双子の兄弟ラフールとラジューが、ホテルのボーイさんのように、お盆にカップを4〜5個載せて運ぶのを見かけました。背筋を伸ばし、しずしずとよそ見をせずに…。声をかけるのもはばかられるほど、集中していました。
温かな日だまりに集まって、なにやら愉しそうな女の子達。ボナリ、ソナリ、ルパリの三姉妹。楽しげに賑やかに会話しながら、髪を結んであげたり、ゴミを取ってあげたり。なんとも、ほほえましい光景でした。
ピンキー、サンジュ、プリアンカの姉弟も仲良しです。
朝起きてすぐに始まるお祈りタイム。お祈りが始まっても、まだ眠くてシャキっとできないプリアンカは、一番年長のシバに、ばしっと背中を叩かれてしまいます。「お祈りが始まるぞ。背中を伸ばせ!」涙がぽろぽろとこぼれてしまうプリアンカ。お祈りが終わって帰る時、ピンキーはそっと妹の手を引いて歩いていました。そんな光景に、胸がいっぱいになってしまった私でした。
又こんな事もありました。遊びの中で、柔らかな粘土を使っていろいろな作品を作りました。みんな思い思いに、怪獣を作る子、ぞうを作る子、ヘビを作る子…。ピンキーは、小さな器やスプーンをたくさん作っていました。こんな小さなお皿や入れ物をどうするのかしら?と気になってみていましたが…。ある日、サンジュに誘われて、段ボール箱で作った彼の小さな人形箱(ミニ・ドールハウスと呼んでいます)を見せてもらいました。すると、その中に、あの小さな器やスプーンが並んでいるではありませんか。泣き虫な私は、彼らの姉弟愛を思い、涙が止まりませんでした。
レインボー・ホームには実の兄弟や姉妹がたくさんいます。アシシュとデバシシュも兄弟。デバシシュはやんちゃなひょうきん者。アシシュは、シバに劣らないほどリーダーシップがあります。そんな彼は、リリーママが洗濯をしている時に、バケツに水を汲んで運ぶ手伝いをしています。ママが「ストップ」というまで、真剣な顔で何回も何回も…。とても、ほほえましい光景です。
レインボー・ホームではシャンプーをする曜日が、男の子女の子で、それぞれ決まっています。ある日、ピントゥとデバシシュが、シャンプーボトル(ボランティアルームにおいてある)を借りに来ました。深く考えずに、手渡したのですが、シャンプー責任者のアシシュが、ボトルを返しに来ました。「アンティ、ダメだよ。他の日に渡したら」「ごめんなさい」と謝りながら、ルールを守らなかった自分への反省と共に、アシシュの責任感の強さと爽やかな行動に感心してしまいました。
小麦粉をこねて小さな団子を作ってから、薄く丸くのばしたものを、油であげたものがプーリー、焼いたものはフォルタと言います。子ども達はとても大好きです。調理場をのぞき込んで、プーリーだとわかると、ガッツ・ポーズをして通っていきます。
賑やかに食事が終わってからの私とシバの会話。
「シバ、今日何枚食べたの?」
「5枚だよ。アンティは?」
「えーっと、4枚かな」
まだまだ食べるものに困っている人の多いインドで、食べた数を競い合えるなんて…、とても幸せなことですね。
「春光る 訪ねしインド 子等の笑み」 仙台市議会議員 関根 千賀子様より
13年ぶりのインド!はずむ心を押さえながら、コルカタ入りしたのが、昨年12月中頃でした。思いがけずインド視察の仕事が舞い込み、待ちに待った『レインボー・ホームの訪問』が出来ました。
また、インドの地で五十嵐代表、サンディープさん、小山理事ご夫妻とお会いできたことのめぐり合わせにも感動でした。そして、何よりも30人の元気な子ども達と、3人のお母さん日本人のボランティアさん達にお会いでき、本当に嬉しく思いました。
数時間だけの短い滞在時間でしたが、この目でレインボー・ホームを見せていただいたことは、私にとって大きな収穫となりました。想像していた以上に、子ども達が元気で明るい生活をしていました。お菓子をほおばりながら、午後のひとときをクリケットに興じ、ゲーム遊びに興じていた姿は、国を超えての子どもの姿でした。そして、近い将来、この子等も大人になり、インド国人として国を支えながら、日本の良き理解者になってくれるだろうなあと一人思いをめぐらしてきたのでした。
思えば20代の頃から、インドに憧れ、マザー・テレサに魅せられていた私。13年前に偶然、福祉の雑誌で『インド心の旅』の記事を目にし、矢も盾もなく、一人参加したことが、その後の関わりでした。その時には、ボランティアコースと聖地巡礼コースを一気に体験し、今よりはちょっぴり若かったので、感性にびんびんで、とても衝撃的でした。その時の体験が、その後の私の福祉人生に大きな深みを与えてくれました。
今、私は福祉のまちづくりのために、政治の道を歩いております。少子・高齢化社会のひずみを、教育と福祉で乗り切ろうと夢みながら、日々努力中です。
お知らせ
フリーマーケットの報告
府中市の主催で「桜祭り」が行われ、2006年4月9日の府中公園にはたくさんの人が訪れました。フリーマーケットの会場は朝から大にぎわい。私たちスタッフも前日から、値札付けで大忙し。
『この収益金は、インドの貧しい人々や親のない子ども達のために役立てられます。どうぞ値切らないでください。』という看板を用意し「安くならないの」というお客さんにも強気で勝負!一般のフリマの方達に混じって、売上4万円という好成績を収めました。やったぁ〜!
手伝ってくれたボランティアさん、品物を送ってくださった皆様本当にありがとうございました。
*** 編集後記 ***
私事で恐縮ですが、この春休みに、娘達を連れて久々に郷里に帰ってきました。
年老いた母親が、ほとんど寝たきり状態で、一緒に暮らしている兄夫婦から、会いに来るようにといわれていたのです。
「もう、会えないかもしれないと思っていたよ」と母に言われた時には、自分の親不孝さに気がついて、胸がいっぱいになりました。
幼い頃、末っ子の私は母が大好きで、いつも母親の後ばかり追っていました。いつの間にか、一人でも生きていけると、親離れしてしまった私ですが、そんな私のことを親はいつでも待っていたようです。電話をしても、いつも素っ気ない母に、私自身も肩肘を張って、甘えることを忘れてしまっていました。久々に、小さな子どもの気持ちに戻って、母の布団に顔を埋め、
「お母ちゃんの一番めっこ(いちばんかわいい子)が帰ってきたんだよ」
というと、母は「うんうん」と言いながら、昔よくやってくれたように、やさしく何回も頭を撫でてくれました。
十八歳の時から、郷里を離れ、忙しい日々の雑用に追われて、郷里のことも親のことも頭の片隅に押しやってしまっていた私を、親は黙って、待っていてくれたのでした。(五十嵐志保)
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