レインボー通信
◆2005年10月15日発行
(第7期−第3号)
夢の世界に遊ぶ 久しぶりのピクニック(ニッコー・パークへ)
8月15日インドの独立記念日にレインボー・ホームの子ども達は、ニッコー・パークという遊園地にピクニックに出かけました。以下、井上須美子さんからの報告です。
コルカタにこんな遊園地があることさえ知りませんでした。人・車・クラクション・砂埃・野良犬・糞尿‥‥混沌とした街の様子に慣れきった目には、何だか別世界に来たような、ディズニーランドとかには遠く及ばないものの、スリリングな乗り物やお化け屋敷・池の足漕ぎボート、ロープウェイなどなど、子供向けから大人も楽しめるものまでいっぱい。子供達には、豪華なプレゼントのピクニックで、思い出の話題をたくさん作ったに違いありません。
レインボーホームに着いてまず驚いたのが、子供達が飛び切りドレスアップしていること。独立記念日の祝日ということもあったのでしょうが、女の子はお化粧までしてもらっておすまし気味。そして、迎えに来たのが何とエアコン付きのバス。ガタピシおんぼろバスしか乗ったことがないので私も思わず興奮しました。子ども達やホーム・マザー、ボランティアさん達や飛び入りの私たちと大所帯での出発となりました。
車中でのにぎやかさはご想像に難くありませんが、着いてからが又大変。入園して、乗り物フリーパスの紙製バンドを手首に巻いてもらったものの、みんな一緒に行動するのでは効率も悪いということで、高田さんの提案で、4グループに分かれて集合時間まで別行動することに。私入ったグループではビジャータがしっかりお姉さんぶりを発揮してリードし始めました。2時間半ほどですべてにトライするのは無理でしたが、小さな子も結構スピード感あふれる乗り物を平気で制覇していました。人気のジェットコースターは待ち時間が長く乗れずじまいで、ビジャータやマラはとても残念そう。
レインボーホームの子供達と一緒に遊んだニッコーパークで見た素晴らしい贈り物、それは、通り雨のあとの青い空にかかった大きなレインボーです。あの虹の架け橋のように、これからも色々な人々の思いをつなぎ、子供達の夢や未来へつなぐレインボーホームでありますように。(井上須美子さんより)
 レインボー・ホーム訪問記
会社のお盆休みを利用して、初めてレインボー・ホームに行ってきました。
レインボー国際協会の監査役をなさっている安野さんやその息子さん、私と母、それから、『インド心の旅』のメンバーも一緒に、にぎやかなとても楽しい旅になりました。(高田 愛さんからの報告)

ホームの子ども達はとても元気!! そして、人なつっこい。初めて訪れた私たちに興味津々でわぁっと集まってきて、いろいろ質問してくるのですが、言葉がわからず??。少し慣れてくると、今度は「アンティ、こっちに来て」と手を引っ張られて、ホームの中を案内してくれたり、鬼ごっこをして走り回ったり、本当にすごいパワーで、元気いっぱいで、私はすぐにへとへとにくたびれてしまいました。
日本の遊びもよく知っていて、「せっせっせ」とか「ずいずいずっころばし」とか日本語で歌っていたのでビックリしました。日本人ボランティアさんが教えて、一緒に遊んでいたのでしょうね。あちこち間違って歌っているところもかわいい!!雅三君は男の子なので、力技で子供をぐるぐる回して遊んだり、男の子達とサッカーをしたりして汗だくになって遊んでいました。雅三君にお姫様だっこをされて大照れのプリアンカ。もじもじしながら、なぜか「アイ〜ン」を連発!その後も「だっちゅうの」というのも披露してくれました(誰が教えているの…??)。『インド心の旅』に参加していた真代さんと弘子さんは、現役の幼稚園の先生なので、子供の顔を覚えるのが早く、一緒に遊ぶのも慣れていてさすがだと思いました。アンジャリーは、母のことを気に入ったようで「ママ」と呼んで、ずーっとくっついていました。若いボランティアさん達には甘えて来たりはしていなかったので、母のように大人のむしろお母さんみたいな人が甘えやすいのかなと感じました。母も、そんなアンジャリーを見て、とてもかわいく思っていたみたいです。
インド独立記念日
午後から、子ども達はみんなめいっぱいおしゃれをして、私たち日本人もバンジャビィ・ドレスをきて、バスでニッコー・パークという遊園地に出かけました。
現地では、男の子の大きい子チームと小さい子チーム、女の子も大きい子チームと小さい子チームというように4つのチームに分かれました。私は女の子の大きい子のチームでしたので、アンジャリーがしっかりとみんなをまとめてくれました。しっかり者のシバは、乗り物の乗るペアを決めてくれたり、ちゃんと人数がそろっているか数えたり大活躍だ ったと、真代さんと弘子さんがニコニコの笑顔で話してくれました。
遊園地の帰りには、中華料理のレストランで夕食をいただきました。子ども達は、レストランなんて来たことがなかったので、みんな大興奮でした。ワーワー、きゃーきゃー大はしゃぎ。席に着くやいなや、テーブルにセットされているお皿をスプーンでガンガン叩いたり、空のコップにお水を注いで飲む真似をしたり、お料理を食べる真似をしたり…。
周りにいた一般のお客さん達は「何事がおこったのだろうか?」と目をまん丸にして驚いていました。その後、お料理が出てきて、やっとみんなは食べることに夢中になり静かになりましたが…。
さて、帰りのバスの中では、みんなぐっすりと眠ってしまいました。そんな中、リーマとルパリが窓側の席をめぐってケンカを始めました。あわてて止めに入り、やめさせて、しばらくしてみると、どうやら窓の前側をルパリが、後ろ側をリーマが見るということで折り合いをつけたようでした。二人は、しばらく窓にへばりつくようにして外を見ていたのですが、何とルパリは窓にくっついたままの格好で眠ってしまっていました。私たちは何も気がつかなかったのですが、それに気づいたリーマはルパリをそっと座席に寝かせてあげていました。そして、頭をいい子いい子と撫でてあげていました。けんかしててもやっぱりお姉さんなんだなぁと、とても嬉しく思いました。リーマを膝にぎゅっと抱っこして「リーマはいい子だね」とほっぺをすりすりしたら、嬉しそうに笑っていました。
妹の美由希アンティのこと
ボランティアに来て4ヶ月経った今は、インドの生活にも慣れ、ちょっと日焼けして黒くなった肌で、活き活きと子ども達と一緒に遊んだりお世話したりしていました。何よりも、子ども達がすごく慕ってくれていて、「美由希アンティ!美由希アンティ!」と、いつも子ども達に囲まれている姿を見て、嬉しくもあり頼もしくもありました。出かける前に心配していた言葉ですが、妹は英語とベンガル語のごちゃ混ぜ言葉で子ども達と話していました。
これが又通じているようで、ちゃんと会話できているのにはビックリでした。これまでいらっしゃったボランティアさん達も言葉も違い、慣れない環境の中で、様々な努力をなさってこられたのでしょうね。本当にお疲れさまです。今回は、レインボー・ホームにいる時間が本当に短くて、子ども達の顔と名前が完全に一致する前に帰国しなければならなかったのが、心残りでした。
子ども達とコミュニケーションを取るには、先ず英語!
英語の勉強をして、又ホームに子ども達に会いに行きたいです。
レインボー・ホームこぼれ話
1.いろいろと悩みの多い五十嵐パパ。ホームのお祈りの部屋でお祈りをしながらぽろぽろと泣いてしまいました。それを見ていたピンキーは「五十嵐パパ、どうしたの?」と言いながら、自分も大粒の涙をぽろぽろとこぼして泣いていました。わけなんてどうだっていい、苦しんでいる時に、一緒に泣いてあげられる素敵な家族です。
2.その翌日のこと。何を思ったのか、ホームの小さな子ども達が、「お祈りの部屋の掃除をしてもいい?」と聞いてきました。ルチ、ルパリ、プリアンカ、アシシュ、ラフール、ロヒト、サンジュ、ピントゥ、サトゥヤム、スシュマ、ザベッド、プラティック、ソナリ、デリップの面々。誰も何も言わないのに、一体どうしたの?刑事五十嵐は、『これはスシュマか、ピントゥか、サンジュが言い出したことだろう』と目星をつけ、犯人(?)捜しを始めました。すると、思った通り、いたずらっ子のサンジュが言い出しっぺでした。「どうして、お掃除しようと思ったの?」と聞いてみても、「お掃除したかったから」と言うばかり。でも、なにしろ小さな子ども達のやること。ぞうきんは水でびしょびしょに濡れたまま。お掃除と言うよりも水びたしで、汚したといった方が良いかも…。
前の日の出来事を聞いた子ども達が、きっとパパを喜ばせてあげたいと思ったのでしょうね。(子ども達の優しさにパパは、ますます涙してしまいました)
3.東京の日比谷公園でのグローバルフェスタJAPAN2005でのこと。たくさんの方が、お手伝いに来て下さったのですが、先日までホームで長期ボランティアさんとして、子ども達のお世話をしてくださっていた美由希アンティこと高田美由希さんも、お母さんやお姉さんと一緒に埼玉から来てくださいました。その時の会話です。
「美由希ちゃん、ホームの子の中でお気に入りは誰?」
「う〜ん、ルパリかなぁ」
「ルパリはダメだよ。だってルパリは私が気に入ってるんだから、うちの子なんだよ。他の子にしなさい」
「だって、志保さん。ルパリは私のこと、ママっていうんですよぉ!」
ちょっと鼻をぴくぴくさせて、得意気にいう美由希ちゃんに、負けたと口惜しい思いをしながらも、何だか嬉しい一日でした。
美由希アンティの思い
レインボー・ホームで生活していると、いろいろな表情の子ども達に出会います。笑っている顔、怒っている顔、怒られて泣いている顔、不満な顔、甘えた顔…。どの顔もとってもかわいい。でも、この日のみんなの顔は特別!朝から、みんながとびっきりの笑顔。こんなに嬉しそうな顔は、今まで見たことがありません。
今日はインドの独立記念日。遊園地とレストランに行きます。
毎日、オートリキ車で、学校の往復をしているだけの子ども達にとって、ホームの外の世界は、ワクワクドキドキのいっぱいつまった宝島のようなもの。ましてや遊園地!!夢の島、夢の世界です。おおきくて、クーラーのついた立派なバス。甘いおやつ。窓から見える景色に、子ども達は大興奮。バスの中は大騒ぎ。
遊園地ではグループで回りました。私たちのグループは、しっかり者のシバが優しいお兄ちゃんになって、小さい子達から乗りたいものを聞いていきます。でも、さすがシバ!自分の乗りたいものを指さして、選ぶ順番にあたった子に「これでしょ?これに乗りたいよね」と、本当に上手にまとめてくれました。そんなシバのちゃっかり兄さんぶりに、私たち日本人は大笑い。
でも、シバより上をいくもっとちゃっかり屋さんがいました。ルパリ姫です。ルパリは、朝から嬉しくて嬉しくて大興奮。メリーゴーランドに乗った時の、夢の世界にいるルパリの表情が忘れられません。会員さんみんなに見せてあげたいほど、本当にかわいい。そんなかわいさに負け続けてしまう私。せっかく並んで、もうすぐ順番なのに、突然「これは嫌。あっちが良い!」そんなわがままを言われても、「もう、しょうがないなぁ」とついつい二人で別の乗り物へ。乗りたかった白鳥の乗り物に乗れて、これまた、世界中の人に見せて挙げたくなるようなかわいい表情のルパリに、また負けてしまう甘い私です。
その後は「お水」「だっこ」「おしっこ」の連続。さすがのシバもルパリだけは予測不可能。暑くて大変だったけど、かわいい子供の表情にメロメロになって、幸せいっぱいの私。本当に嬉しそうな子ども達。
ラクシャ・バンダン
『ある時、インドラ神はデーモンを倒すために、グル、ブリハスパティに助言を求めました。そして、その助言に従い、シャンバン月の満月の夜、インドラ神の妹が神聖な紐をインドラ神の手首に結びました。そのおかげで、インドラ神は遂に、デーモンを倒すことができました』
8月19日はヒンドゥの神様のお祭りの日でした。。このエピソードにちなんで、姉妹はラクシャ・バンダンという紐を兄弟達の手首に結び、彼らの健康を祈り、邪悪なものから兄弟達を守るのです。また、一方、この紐を結んでもらった兄弟は、家族の絆の強いインドのこと、命がけで姉妹を守らなければならないともいわれています。
さて、レインボー・ホームの子ども達はといえば、写真をご覧下さい。嬉しそうに紐を結んでいる女の子。日本でのバレンタインディのチョコレートのように、たくさんもらって自慢げな男の子。
みんな、みんないつまでも仲良く、健やかでありますように。
素敵な床屋さん
青野賢士さんという素敵な青年が、子ども達の髪を切ることで国際交流をしたいと申し込んできました。彼は、床屋という自分の技術で、あちこちの国の人とつながりたいと願っています。私たちのホームの子ども達も、彼の人柄に触れ、楽しい思い出をまたひとつ増やしました。青野さんからのお便りを紹介します。
今回は、本当にありがとうございました。
ホームの子ども達からは、この旅を続けていく自信と勇気をいただきました。
このようなことが、いつも喜ばれると言えません。でも、少なくともホームの子ども達には喜んでもらえたのが、とても嬉しいです。まだ、インドの旅は始まったばかりですが、最初に貴重な経験ができたのは、旅に拍車がかかり嬉しいです。また、コルカタに行く時には、顔を出したいと思っています。
お知らせと報告
スジャータ村の子ども達に学用品を
『インド心の旅』での訪問先にスジャータ村というところがあります。とても激しい修業で体を痛めてしまっていたお釈迦様が、この村の少女スジャータの歌によって中道に生きることの大切さに気がつき、ミルク粥のお布施をいただくことで悟りを開いたという言い伝えのある村です。
こののどかな、でもとても貧しい村の子ども達に、先日、たくさんの学用品を届けました。愛知県の駒方中学校の生徒会の皆さんが集めておくってくださった学用品です。クレヨンや消しゴム、カラフルな色鉛筆やたくさんの鉛筆に子ども達は大喜びでした。
小山 博氏 NPO法人レインボー国際協会の理事に就任
これまで、定款により、役員は理事5人、監事1人と決められていましたが、多くの方のご意見を広く聞き運営に生かしていきたいと考え、理事をもう一人増やすように定款を変更すること、そして新しい理事には小山博さんにお願いしようという提案がなされ、5月の総会で可決されました。事務局では早速、東京都に定款変更の認証申請を行いましたが、この度10月4日付で、ようやく認証されました。NPO法人の手続きのきまりの中に、定款変更は申請後4ヶ月以内に認証かどうかを文書で知らせるというものがあるそうです。こんな簡単なことなのに、なんともお役所のお仕事だと、ため息が出てしまうのですが、先ずはやれやれ!
小山博氏は、1952年、香川県高松市に生まれ、現在はジャーナリストとして活躍中です。1992年、「インド心の旅」に初参加。以来、毎年ご夫婦で心の旅に参加し、仏跡巡礼、マザーテレサの施設、レインボーホーム、などの訪問をなさっていらっしゃいます。レインボー・ホームの良き理解者であり、多方面にわたっていろいろな知識をお持ちですので、これからの私たちの活動の大きな働き手となって下さることでしょう。
*** 編集後記 ***
先日、事務所のみんなでマザー・テレサの映画を見に行きました。
きっと辛いことや悲しいことがたくさんあったでしょうに、映画では奇跡のようにその都度救いがあって、何だか肩すかしにあったような気持ちでした。感激屋の吉田は左側でぐすぐすと涙ぐみ、右側では五十嵐が「あぁ、マザーに似ている。こういう仕草をなさる方だった」と、鼻をすすり上げ、その真ん中で私一人、ちょっと冷めた目でスクリーンを見ていました。そのままエンディング。マザーに関わった人達が、祈りの言葉を、一言ずつ言っていく場面になりました。その中で、マザーのお手伝いをなさってこられた神父様が、子供にスプーンでご飯をあげながら、「与えることによって、与えられ」とおっしゃって居られるシーンがありました。
私は、今までレインボー・ホームのことを他の人に説明する時に、いつもうまく説明ができず誤解されることもありました。うまく説明できないもどかしい気持ちが自分の中にありました。でも、わかったのです。この祈りこそが、私たちの活動の根本だったのですね。
『与えることによって、与えられ』(五十嵐志保)
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