レインボー通信

◆2005年1月10日発行
(第6期−第4号)


若返った(?)サンタクロース

クリスマスベル

 2004年12月25日。レインボー・ホームのクリスマス会は、『インド心の旅』のメンバーも加わっての楽しい一時となりました。渡辺祥子さんが寄せてくださった感想です。


クリスマストナカイ

 レインボー・ホームでのクリスマス会は、歓声が飛び交う楽しいものでした。中でも子どもたちの楽しみに待っているサンタクロースには、いつもの五十嵐パパに代わって、『インド心の旅』に参加した青年、相川さんが扮することになりました。かつて、初めて見たサンタクロースに怯えて、泣き出す子がいたと言うことを聞いていた私たちは、急に20歳近くも若返り、10センチ以上も背が伸びた(笑)新サンタクロースに、子どもたちがどんな反応を示すのか、内心ドキドキしながらその時を迎えました。
サンタクロース登場!  軽快なクリスマス・ソングと共に、手拍子が響く中、サンタクロース登場!!
 急に降ってわいたような大役に、とまどいながらも夢中でがんばる相川さん。大きなスキップと、ヒゲダンスもどきの踊りが子どもたちに大うけ!!泣き出すどころか、大爆笑。喜んで良いやらなんやら…(^^;)
 サンタクロースからのプレゼントを受け取る子どもたちの表情は本当に嬉しそう。私たちも、幸せな気分になりました。
クリスマスケーキ  さて、子どもたちがプレゼントを受け取った後は、子どもたちからのプレゼント。レインボー・ホームの代表のジャーさんが中央に呼ばれ、手渡された包みを開けると…な、なんと中はからっぽ!!。やってくれました。この冗談に、また大爆笑でした。
 その後は女の子たちによるダンスの披露などが行われ、ケーキをいただいて、年長のアンジャリーやピンキーのリードで子どもたちも、スタッフも、我々もみんな入り混じってのダンス・タイムとなりました。
レインボー・ホームの子ども達と  こうして、2004年のレインボー・ホームのクリスマスの夜は、笑い声の飛び交う中ふけていったのでした。
 きっと、2005年は笑いの絶えない楽しい一年になることでしょう。
 子どもたちの屈託のない笑い声に元気をもらった私たちでした。(渡辺祥子・記)





男の子

 (こんにちは、お姉さん)
ナマステ、アンティ!


 2003年11月にレインボー・ホームを訪れてくださった里親会員の池田典子さんが、一年後再び子ども達に会いに来てくれました。楽しいご報告を、お知らせいたします。

 何かをしてあげるなんてとんでもない。むしろ、自分がエネルギーをもらった…、それが前回の訪問でした。 あれから7ヶ月、今回はもっと子どもたちと触れ合いたい、子どもたちの生活が見たい…そういう思いでの訪問でした。
 レインボー・ホームに着いたのは、薄暗くなった頃、夕食前に子ども達の笑顔に再会しました。
 みんなが抱きついてきて、あの輝く瞳で私を受け入れてくれました。
 『ああ、この瞳を見たくて私は来たんだ…』と思いました。

 夕食は、子どもたちに誘われて食堂で一緒に食べることにしました。「こっち、こっち」と、席を空けてくれた子の隣で、子どもたちのマネをしてあぐらをかいて(インドの習慣)配膳が済むのを待っていました。
 そして、日本語でお祈りをしてカレー、チャパティ、ライスの夕食がスタートしました。これが最高においしい!小さい子も高学年の子も、みんな仲良くディナー・タイム。
 英語の話せる上の子ども達は、積極的に話しかけてくれるし、英語の話せない小さな子ども達は、笑った目で話しかけてくれるのがとても嬉しく感じました。

ひまわり  食事の後、気になったことがあって、日本人スタッフの方に尋ねました。「子ども達が私を呼ぶとき、アンティ、アンティって呼びかけるんですが、どういう意味なんですか?」
 彼は笑いながら、そしてちょっとためらいながら言いました。「ああ、そう呼ばれましたか。どうやら、オバサンって意味らしいんですよ‥」
 一瞬、目が点になり、笑っちゃいました。あんなに可愛い笑顔で、人懐っこい表情で、みんなが私を「オバチャ〜ン」って呼んでたなんて!!
 食後のプレイタイムにも、私にはじっと座っている暇がないくらい、みんなが寄って来て、無邪気な顔で話しかけてくれる。
「アンティ、見て見て!ボクはこんな事が出来るんだよ」と逆立ちをしたり、
「アンティ、名前はなんて言うの?」
「アンティ、日本は今何時なの?」
しゃべっている女の子  こんなにも愛くるしい笑顔を振りまく子ども達。私も嬉しくて、「どれどれ?」「すご〜い!」と話しをして、顔はずっとスマイル。あ〜、日本からやってきた20代の小娘(だと思っている)に「オバチャ〜ン」だなんて心の中で苦笑い‥。
 翌日も、朝からみんな私にかまってくれる。
「アンティ、抱っこして〜」
「アンティ、こっちに座って〜」
もう慣れちゃった。オバサンだろうがオバアチャンだろうが、この眩しい笑顔に呼ばれるんだったら構わない。むしろコニュニケーションを取るためには必要な呼び方なんだ!と思うことにしました。
 前回は、単なる見学者‥という感じでしたが、今回は、自分からもう一歩踏み込んでみたら、子ども達と触れ合うことが出来ました。たった一泊でしたが…。
 再び、大きなエネルギーを子ども達にもらった訪問でした。「あ〜、私もがんばろう!」と、思いながらレインボー・ホームをあとにしました。
 (※編集注釈:子ども達が使うアンティは女性の総称で若い人の場合、お姉さんという意味です)

(池田典子さんのホームページより)http://www.sara-eshop.com


レインボー・ホーム 四周年記念

子ども達のダンス

 昨年、2004年11月11日、レインボー・ホームも満4才の誕生日を迎えた。スタートの時には女の子マラとスジャータ姉妹、そして男の子ピントゥの3人だけでした。今、子ども達の数は増えて用務員さんの子どもを含めたら32人の大所帯となっております。
 その日スタディ・ルームで、子ども達とホーム・マザー、そしてスタッフだけで慎ましく四周年記念をお祝いしました。
五十嵐パパと剛史君のお芝居  感謝のお祈りと子ども達のダンス、そのあと五十嵐パパと福山剛史君の寸劇、何と五十嵐パパはルンギーというインドの腰巻き姿で上半身は素っ裸、十字架につけられたイエス・キリストの役、剛史君はマザー・テレサ役。時は1946年9月10日、ダージリンへ行く列車の中でマザーが啓示をいただくシーンを演じました。
 最初は、二人の格好に全員、目が点となり、次に大爆笑となりました。それもつかの間、迫真の演技に会場は静まり、最後は大喝采。子ども達と遊んだ楽しい夜でした。




初めてのレインボー・ホーム訪問

大笑いのイスとりゲーム

 コルカタの中心市街地から、タクシーでレインボー・ホームに着くと、門のシャッターのところから、小さな子ども達の顔が次々とあらわれる。みんな、好奇心旺盛。
「誰?誰が来たの?」「ママ、ママだよ!」「五十嵐ママだって!」まるで、伝言ゲーム。大きな目をくりくりさせて、じっと見つめてくる子。ちらっと見て恥ずかしそうに門の中にひっこむ子。ちょっとさわってみようと、手を伸ばしてくる子。いろんな子がいる。なぁんだ。日本の子ども達と、ちっとも変わらないじゃない!

サンタクロース  明日はクリスマスでサンタクロースがプレゼントを持ってやって来るんだけど、一日早く、五十嵐がバンコクで用意したお菓子をお土産として配ることになった。スタッフのスマが「は〜い、みんな並んでぇ〜!一列!」と、声をかける。
あま〜いケーキはみんな大好き!  一列に並んだ子ども達一人ひとりに、お菓子を配って、ほっべにちゅっ!「イガラシママ、アリガトウ」子ども達が片言の日本語で御礼を言ってくれる。きゃあ!かわいい!何か気の利いたことを言いたい。なんて言ったらいいの?パニックで頭の中が真っ白。英語の単語すら思い浮かばない。
「いいこね」「元気にしてた?」「可愛いね」「おりこうさんね」「いいこ、いいこ」私って、こんなに頭悪かったのかしらと思いながら、もう日本語オンリー。
サンタさんは何をくれた? きっと子ども達は、何をいっているのかわからないだろうけど、この人は自分を愛してくれているということだけはわかってくれたのじゃないかな?今まで、一度も会ったことのないおばさんに、急に抱きしめられキスをされた子ども達。それでも、嬉しそうに握手を求めてくれる子。恥ずかしげにモジモジする子。逆に、ぎゅっと抱きしめ返してくれる子。みんな、それぞれ。ちっちゃなルパリは、さっきから太った私のお腹が気になるらしい。小さな手で、私のお腹の出っ張りをさすっている。「こら、こら、ルパリ!そこに入っているのは、お腹の脂肪だよ。なんにもかくしちゃいないんだよ」と言いながら、思わず「あれっ、ここにもう一人可愛い子どもが入っていたりして…」なんて、夢見てしまった。小さな子も大きな子も、みんな可愛い、可愛い天使たち。

子ども達の笑顔に里親さんもにっこり!  そして、どの子もみんな、自分のことを知っていて欲しいの。それなのに、人の名前を覚えるのが苦手な私は、「この子の名前は?」なんて言われても、半分くらいしか思い出せない。キラキラ輝く目で見つめながら、「私は誰?」なんて!聞いてくる。あぁ、ごめんね。どうしよう、神様助けて!お願い。そんなに、期待に満ちた瞳で見つめないで欲しい。
 この子は誰だったっけ?思わず違う子の名前を口走っては、みんなに笑われてしまった。本当に、ごめんなさい。何度も何度も言い直しをして、やっときちんと名前が言えると、みんなが「グッド」「OK」と、大喜びしてくれる。ほっとして、私も思わず、大声で「グッド」と叫ぶ。まったく、何がグッドなんだか‥。
七色のハートの花束  今度行くときには、ちゃんとひとりひとりの名前を言えるようになって行くからね。
 帰ってきたばかりだというのに、又インドに行ってみたいと思っている私である。次に行くときには英語もきちんと勉強して、子ども達とたくさんお話しできたらいいな。いたずらっ子を怒ったり、泣いている子を慰めたり‥、そんなことを夢見ている。(五十嵐志保・記)




ノートアイコン

お知らせと報告


ボランティアさんありがとう

 2004年の秋には、当協会はたくさんのイベントに参加し、たくさんの方々に、ご協力いただきました。心より感謝いたします。当日会場に来てお手伝い下さった人はもちろん、バザー品を提供してくださった人、お友達やお知り合いに呼びかけてくださった人など、たくさんの方々のお力添えで、どのイベントも無事に終えることが出来ました。本当にありがとうございました。


スマトラ島沖地震と津波について

 年末に世界中を震撼させた『スマトラ島沖地震と津波』について、たくさんの方から「インド、コルカタのレインボー・ホームは大丈夫ですか?」と、お問い合わせをいただきました。
 コルカタは海から百キロ近く離れておりますし、今回は何も影響はありませんでした。ご心配をいただきありがとうございました。
 亡くなられた方々や今なお、行方のわからない方々のことを思うと、胸が痛みます。亡くなられた方のご冥福をお祈りさせていただくと同時に、行方のわからない方々が一人でも多くご無事でありますようにとお祈り申し上げます。


子どもたちを看ていただける看護婦さんはいませんか?

 レインボー・ホームには、現在保安員の子どもも含め32人の可愛い子ども達が、元気に暮らしています。子どもたちが、怪我をしたり病気になったときに、お世話をしてくださる看護婦さんがいてくださったら、とても心強く思います。3月から再び、富田絵美子さんが3ヶ月間行って下さるのですが、その後どなたかいらっしゃいませんか。よろしかったら、ご連絡下さい。


*** 編集後記 ***
 年末に、初めてインドに行ってきました。これまで、『インド心の旅』に参加なさる方たちに、さも何回も行ったことがあるかのように話をし、実際に行った人の話を聞いては耳知識を増やしていた私でしたが、実は、パスポートの申請も初めて、飛行機に乗るのも新婚旅行で沖縄に行ったきりと言う、超おのぼりさん。見るもの聞くもの、何もかもが初めての体験、すっかりハイテンション。
 初めてのインドは、あれっ、これって何だか見たことのある風景。妙に活気溢れる人たちも、薄汚い路地裏も、幼い頃の日本そのまま。涙が出てくるほど懐かしく、3K(くさい・きたない・こわい)のインドになんか行きたくないなんて言っていたことが嘘のように、もうインドの虜になってしまった。慣れというものは恐ろしいもので、あの汚い道端に、インド人と一緒に座っていられるような気にさえなってしまう。そんな私の気持ちを見透かしてなのか、インドでは、日本人を見ると、物売りや物乞いが寄ってきて大変だよと聞いていたのに、私一人で街を歩いていても誰も見向きもしない。な、なんで〜ぇ。私ってインド人なの?とちょっと悲しかったりした初デビューでした。(五十嵐 志保・記)
このページの先頭へ戻る