レインボー通信
◆2004年4月25日発行
(第6期−第1号)
移動クリニック 日本郵政公社ボランティア貯金によって
2004年3月27日、レインボー・ホームから少し離れたジョイランプールという場所で、モバイル・キャンプ(移動診療所)が行われました。
「インド心の旅」に参加していたNPO「風に立つライオン」からの日本人医学生たち16人も参加し、インドの医療を興味津々に見学しました。
その後レインボー・ホームの女医さんドクター・マジュンダや、ドクター・バタチャルヤを囲んで、質疑・応答の時間も用意し、医学生たちは日本とインドの医療の違いに驚きながらも、真剣に質問していたのが印象的でした。
これらの移動診療の予算のほとんどは日本郵政公社のボランティア貯金からまかなわれています。みなさんが貯金を預けた利子の何パーセントかが原資となって、途上国で活動しているNGOに、活動内容と実績によって配分されるものです。特定非営利活動法人レインボー国際協会は今までに4回ほどいただき、今期も貧しい人々のために、1,365,000円の予算を使わせていただいております。
見学した医学生たちも、「自分たちのボランティア貯金はこのように生かされているのか」と認識を新たにした人もいたようでした。
今回は村人達、283人の患者さんを診察したのですが、その間インド国会議員のミセス・クリシュナ・ボーズもレインボー・ホームの移動診療の様子を見学に来てくれたのもニュースでした。
 レインボー・ホームにも ヒカルの碁 シバくん6月3日来日
囲碁ブームのレインボー・ホーム
きっかけは、在コルカタ日本総領事館の堀内領事さん。子ども達に囲碁を習わせようと木根純子さんをはじめ、田中つねみさん達、ボランティアさんが毎週子ども達を囲碁教室に連れて行ってくれました。
2003年7月に日本の新聞、週刊「碁」に取り上げられたことがきっかけで、8月下旬から、久保義宏さん、石浜義明さんが何度もレインボー・ホームを訪れて子ども達に囲碁のトレーニングをしてくれました。
三菱化学の工場長、西尾勝氏も合宿を企画されて、本当に子ども達をかわいがってくれました。おかげさまで子ども達の上達ぶりは目に見張るものがあり、4月1日には、ラジューがトヨタ・デンソー杯囲碁世界王座戦のアジア大会にインド代表で参加しました。
以下は、駐在員からの報告です。
ラジューが4月5日深夜の便で、午前2時頃タイから帰ってきました。
ホーム・マザーのリリーやギータ、囲碁の師匠の久保義宏さん方はレインボーで眠らずにラジューの帰りを待っていました。
ラジューは眠そうでしたが日本語で「ただいま‥‥」と笑顔でみんなに挨拶しました。久保さんがタイでの試合はどうだったかと訊ねました。ラジューは「5つ対局をして1回勝ちました」と、嬉しそうに言います。
久保さんは大喜びで「どこの国の人と対局して勝ったんだ?」ラジューは「ネパールの人」「相手は大人か?」と久保さん。「いいえ、アンジェリーと同じくらいでした」
ところが同行したサンディープさんに聞くと、みんな15才以上のひとばかりだったそうです。即ち、8才のラジューは最年少の子どもでした。
試合結果は、第1ラウンド 対局相手:タイ人(アマ3段)負
第2ラウンド 対局相手:モンゴル人(アマ3級)負
第3ラウンド 対局相手:タイ人(アマ3段)負
第4ラウンド 対局相手:タイ人(アマ3段)負
第5ラウンド 対局相手:ネパール人(アマ1級)勝
久保さんは出発する時には、「ラジューはまだまだ、きっと全敗するだろう」と言っていましたから、1つでも勝ったのですからやったね。
「1勝してきたという事は、もう少し頑張ればもっと勝てるという望みがあるから、とてもいい結果だと思う」と言って評価していました。久保さん曰く、ラジューは自分の戦った碁を棋譜もないのに、全部覚えていて、久保さんの前で再現して見せたそうです。これには久保さんもビックリのようでした。
6日の夕方はラジューのご苦労様パーティーという事で、ホーム全員でラジューの健闘を祝ってケーキやスイカでお祝いの宴を持ちました。それからというもの、子ども達の囲碁をやる気が1段とアップしました。
ラジューはタイの大会で、落ち着いてじっくり考えて冷静に判断する姿勢を身につけてきたようです。シバに対しても「落ち着いて考えなさい。ここはこういうふうに打つべき所だよ」と教えたりしています。
今度はシバの番
シバは6月3日に来日します。「世界アマチュア囲碁選手権」のインド代表です。場所は倉敷、64ヵ国の強豪がひしめく中、彼はどこまでがんばれるか。いずれにしてもシバは最年少、話題の中心になることでしょう。
試合が終わって、6月12日から、23日まで日本を観光させてあげたいと思っております。サンディープ氏が付き添いです。もし二人を泊めてあげたいという方は、お電話ください。
話は余談ですが、私は一昨年シバが住んでいたカスバのスラムに行ってきました。マーケットがひしめき合った、粗末な家が密集し合った場所です。お母さんは癌で思うように働けません。お父さんは、そんなお母さんを見捨てて家を出て行きました。
1994年12月8日生まれ、普通なら一生スラムで暮らしていたのかもしれません。レインボー・ホームに来た4番目の子どもです。スポーツ万能のとても明るい子です。日本に来たらどうぞかわいがって下さい。
 お知らせと報告
ブッダガヤの貧しい子ども達にノートや鉛筆
私たちは、年に何度か釈尊の聖地に旅をしています。ブッダガヤのスジャータ村に、貧しい子ども達を相手に無料の学校を運営しているすてきな先生がいます。この学校の子ども達に、駒方中学校生徒会や盛矢雅子さんから寄贈のノートや鉛筆、湯川れい子さんからの手作りノートなどをたくさん届けさせていただきました。思いがけないプレゼントをもらった子ども達の目は、きらきら輝いていました。
長期ボランティアで小西淳子さん
昨年12月の「インド心の旅」に参加した、京都市出身の小西淳子さんが、一年間の長期で2月4日からレインボー・ホームでボランティアをしてくれております。バス・ガイドを3年間やってきただけに、細やかな気配りでみなさんを迎えてくれることでしょう。
*** 編集後記 ***
夜も更けて大学生の長女がバイト先から帰って来て言った。
「ねー、お父さん、知ってる?イラクで日本人が捕まったよ」急いでテレビをつけた。
拉致された日本人の一人は見覚えのある人だった。コルカタのマザー・テレサのところで一緒にボランティアをしていた女性だった。私たちの宿泊先のホテルでのさよならパーティーにも特別参加し、常にみんなの話題をリードし、いつの間にか場を仕切って、明るくふるまい話題の中心にいる子だった。
そしてその夜、妻と長女と、深夜二時間ほど話しただろうか。私は長女に言った。「もしお前がボランティアに行って、どこかの国で拉致されたら、お父さんはすぐにでもお前の命を助けに行く。でも国民の総意で決定された日本の自衛隊派遣に対し、お前の命と引き替えに撤退させよとか、政府の対応を批判することは、絶対しないよ」
日本の昔話がある。神様が、疲れ果てたみすぼらしい老人の姿となって、動物たちの前に現れた。森の動物たちは老人に喜んでもらおうと思い、一日かけて山の幸、川の幸を次々と運んできた。しかし最後に来たウサギは何も持ってくることができなかった。神様に「ごめんなさい、私の肉を食べてください」と言って、燃えさかる焚き火に自ら飛び込んだ。
神様はそれを憐れんで、ウサギを月の世界に引き上げたという。
ボランティアは人のために何かをしてあげることはではない。人の命に自分の命を捧げることができる喜びを感謝しながら生きていくことが、ボランティアの原点であると思う。(五十嵐)
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