レインボー通信

◆2002年12月5日発行
(第4期−第4号)


レインボー・ホーム創立二周年記念行事

 今回のレインボー・ホーム二周年の行事は平日ということもあって、大きなステージは作らずに、子ども達と共に過ごす家庭的な記念日にしようということになった。
 日本から『インド心の旅』の参加者9名、レインボー・ホームの長期ボランティアさん5名、それに池田駐在員が加わってのささやかな記念行事が行われた。
 子ども達とバーベキューをやろうということで、安野啓義監事や諸田貴子さんを始め数人の仲間達は、早朝マザー・ハウスから直接マーケットに買い出しに行った。そして生きている蟹とロブスターを買ってきた。スラムで育ってきたレインボーの子ども達にとって、見たこともない最高のごちそうである(と思った)。
 さて日も暮れて、行事は『お祈りの部屋』での日々の祈りからスタートした。今までの2年間に感謝しつつ、食事の時間となった。インドのスタッフ達が用意してくれた炭火のかまどに火が入り、自転車のスポークを串にして、大きな海老や蟹が焼かれようとしたが、何しろ人数が多い。焼けるには時間がかかるし、子ども達も待ちきれない。
 そのうち、レインボー・クリニックのお医者さんが来て「半生のものを子ども達に食べさせたらお腹をこわす」ということで、バーベキュー・パーティーにドクター・ストップがかかった。それでも悔しさを抑えられない五十嵐は、子ども達に無理やり食べさせようとして、周りのひんしゅくをかっていた。
 そうして子ども達を驚かしてあげたいと思って、計画された二周年記念のバーベキューはあえなく幕切れとなった。
子ども達のステージ(踊り)  第二部は、子ども達の出し物が、図書室で行われた。家庭教師のカクリ先生とシーマ先生が教えてくれた歌や踊り、寸劇を子ども達は一生懸命に私達に、演じて見せてくれた。
 レインボー・ホームも歩み始めて二年、人間だったらやっと片言、言葉がわかるようになってきた2才の赤ん坊である。今までどんなに多くの方々の愛情に支えられてきたのだろうか。
 二年前にレインボーのオープニングに参加し、『祈りの部屋』を作ってくださった小田貞子先生も、今は草葉の陰で目を細めてこの子ども達を見守ってくれているだろうと思った。
 最後に、残されたロブスターは翌日の海老カレーとなった。(五十嵐・記)





「さをり」がやってきた!

11月10日、レインボー・ホームに『さをり織り』の織り機が導入されました。この企画を実りあるものにして下さった、会員の清水利江さん。「さいわいさをり織り会」の講師、新田美子さん。子ども達がどれほど喜んでくれたか、お二人から報告を頂きました。
☆        ☆        ☆

 予め用意していた縦糸をセットし、「織る」ことを体験してもらう時がきた。子ども達は迷うことなく、好きな色の糸を選び、糸を巻き、横糸を入れていった。
 「アンティ(お姉さん、おばさん)OK?」と、何度も何度も私達の同意を求めながらすすめられた。目の前に縦糸と横糸が交差をし、布となっていく。子ども達の目は輝き、自信と喜びの声が響いた。二台しかない織り機の周りには、経験した子が先生となり、まだ順番の来ない子は糸の行く方に目を見張り、大変な騒ぎとなってしまった。ついにはあみだくじで全員の順番を決めなければならないほどの盛況ぶりで、待ちきれなくて泣いている子をなだめるのに一苦労だった。
みんなでさをり織り  1週間で、すべての行程を子ども達や、スタッフの目の前で見せて、一緒に行なった。後は本を見てでもわかるように、と。素晴らしい作品が次々と姿を現し、最後の夜、発表会をした。新田さんが「これは誰が織ったのかな?」と布を高く掲げると、子ども達の名前が次々と呼ばれ、大きな拍手がわいた。子ども達がお互いの存在を認め合い、愛おしみあっていることが伝わってきた。
 この後、誰かが織り機に向かってくれる事があったら嬉しい。また、誰も振り向いてくれないときがあったとしても、それでOKだ。「さをり」は感性を表現するものだ。強制されてするものではない。ある時は、一人静かに織り機に向かい、ある時は他人の作品に何かを感じてくれたら、私はとても嬉しい。(清水利江)

たくさんできたさをり織りの作品  織り機のセッティングを始めると、子ども達はものすごい勢いで興味を示し、とにかく「やりたい!」と言いっぱなしでした。「次は私(僕)の番にして、お願い」と懇願してきます。それはとてもパワフルで、思わず「うるさいっ!ちょっと静かに!!」と、日本語で言ったら、静かになってしまい、苦笑いしました。それから「自分と友達が楽しく織るために」、子ども達と一緒にルール作りをしました。
 小さくて足が届かない子どもは、私達のひざに座り、のめり込むようにシャトル(横糸を通す木具)を自在に操って、こちらの声も聞こえないほど夢中でした。自分の世界をもつ事は、こういうことだと確信し、その場にいられる幸せに感謝の気持ちでいっぱいになりました。
 皆、みんなかわいいです。この子供達が人間として幸せに生き抜くために私達に出来ることは、と自分に問いながら「さをり」が大きな意味を持つであろう事を確信しています。(新田美子)

さをりを通して、またひとつ表現する喜びを知った子ども達。清水さん、新田さん、そしていつも子ども達を想ってくださる皆さんに感謝致します





インド西部地震救援ボランティアの継続

 2001年1月26日インドの共和国記念日にグジュラト州を襲った西部地震で壊滅したブージの街は、ずいぶん復興が進んだとはいえ、いまだに住む家もなく、難民キャンプですごしている子ども達も多い。
 当協会では今年度も郵政事業庁国際ボランティア貯金から救援のための配分金約90万円の決定がなされていたが、インド・パキスタンの武力衝突の緊張が続いていることを理由に、11月まで受け取ることができなかった。
 ここに来て外務省の渡航注意勧告も緩み、当協会では現地のカウンター・パート、Friends of Allに協力し、被災者の保健衛生の指導や救援のために、昨年度と同じく看護士の笹本秀美さん、今回初めてであるが、やはり看護士の富田絵美子さんを被災地ブージに派遣することになった。
 二人は12月1日、コルカタ(旧カルカッタ)より出発した。以下は当協会に送られた現地NGO、Friends of Allからの感謝のメールである。


被災地ブージ、Friends of AllからのEメール

2002年11月21日

親愛なる五十嵐さん
 原則として、私たちは、子ども達に焦点を当てた多方面の活動を行っているが、カッチ県におけるフレンズ・オブ・オールの活動に対する、あなたの方向性と献身的精神にもとづくレインボー国際協会のご協力を嬉しく思います。
 この精神のもとに、看護婦さんたちが来てくれることは、子ども達の健康と生活衛生にとって非常に大切であると考えられるため、私たちはとても歓迎いたします。
 あなたがたの参加と昨年の寄金が、私たちのブジ地区における活動を維持・継続することに大いに役だった事実について、述べたいと思います。そして、あなた達の努力と貢献が、ありのまま正当に評価され、私達の関係が長期的な関係に発展することを心から願っております。
 前回、看護婦さんたちは述べ5ヶ月あまり滞在されましたが、今回の訪問でも同じくらいの期間、滞在されることになっています。
 看護婦さんたちがどのくらいの長い期間、滞在していただいても私たちには問題はありません。けれども、私たちについて言わせていただければ、彼女たちが去ったあとも、子ども達への健康・衛生に関して、仕事を中断するわけではありません。従って、あなたがたからの支援及び寄金は、とても価値があるものとなるのです。

 さて、看護婦さんたちの訪問にあたって、仕事について少し触れたいと思います。
1. まず、午前と午後の部における彼女たちの毎日の仕事の計画を立てます。少なくとも週に5日は仕事をやっていただくことになると思います。
2. 彼女たちに同伴したり一緒に活動してくれるワーカーを、当方で用意しようと思います。
3. 訪問を受け、投与された薬品、そしてさらに医者に見せるために診療所や病院に連れて行った子ども達についての記録をしていただきます。
4. 看護婦さんたちが様々な場所を訪問するための手段として、多くの場合車を用意します。
5. 看護婦さんたちの訪問を意味のあるもの、また快適なものにするために、彼女たちに出来るだけ私達は頻繁に会い、打ち合わせをします。
6. 彼女たちの仕事に合わせて、当方は必要な医薬品やその他の必需品を用意します。

 もちろん、こうしたことはすべて、友情と協力の精神のもとに行われます。
 このプロジェクトに関わるということが、あなたにとって、あなたの奥様にとって、そしてレインボーのメンバーの皆さんにとって、多くを意味するということが私にはわかっています。また、あなたがこのプロジェクトのためにご自分の貴重な時間をたくさん費やしたことも私は承知しています。私たちはあなたがたによる貢献を本当に評価していますし、適切に認識しております。
 もう少しだけ、付け加えさせてください。
 郵政のボランティア貯金のプログラムが継続するか否かにかかわらず、看護婦さんたちが将来的に来られるか否かにかかわらず、あなた方が将来わたしたちを支援できるか否かにかかわらず、あなたがたからの支援はけっして忘れ去られることはなく、いつも感謝で想いおこされることでしょう。なぜなら、あなた方はカッチ県における私達の活動の強い基礎を築く上で、重要な貢献をすでになさっておられるからです。
 レインボー・ホームとフレンズ・オブ・オールの関係が時を経るにつれてより強く、そしてより暖かいものとなるように、また、多くの人々の顔に笑みがこぼれ、ご協力いただいた多くの方のハート、即ちピュア・ハートが温かな愛で満たされるように願いつつ、この文章を締めさせていただきます。
 レインボー国際協会のメンバーの皆さん、カルカッタのレインボー・ホームの子ども達とスタッフの方々、サンディープさん、そしてもちろん、あなたの献身的な奥様にどうかよろしくお伝えください。

暖かい敬意を込めて
フレンズ・オブ・オール代表 プレム・クマール



ベンガル語の絵本

中庭でベンガル語の絵本の青空朗読会

 埼玉県に住む、柴田さんご夫妻からレインボー・ホームの子ども達に、絵本が届けられました。
 柴田さんの奥様(サルバニさん)はインドの方で、ベンガル語と日本語ができます。
 レインボー・ホームの子ども達のために『白いウサギと黒いウサギ』という絵本をひとつひとつベンガル語に訳して、プレゼントしてくださいました。
 手作り絵本をプレゼントしてもらった子ども達は大喜び。中庭では絵本を広げて、青空読書会となりました。


純子ママ、ご苦労様

 昨年、9月からレインボー・ホームで1年以上ボランティアを務めてくださった純子ママこと、北海道の木根純子さんが、本年11月いっぱいで帰国しました。純子ママが愛してくれた子ども達の心には、いつまでも暖かい記憶としてその思い出が残っていることでしょう。


岩間浩先生、講演会の報告

 10月27日(日)に行われました、国士舘大学教授・岩間浩先生のチャリティー講演会では、先生から『地球市民の育成』、『分かち合い教育』の重要性をわかりやすくお話して頂きました。後日、岩間先生から「このような素晴らしい活動をなさっておられる団体で、講演の機会を得ることが出来たこと光栄に思います」というお言葉を頂き、レインボー・ホームにご寄付もありました。この場をお借りして、岩間浩先生に改めて感謝申し上げます。



*** 編集後記 ***
 11月の『インド心の旅』のメンバーと共に帰国する日のこと、東京の妻からレインボー・ホームに電話があった。
 長女、瑞恵が、自転車に乗って交差点を渡る時に、車とぶつかったらしい。そして救急車で病院に運ばれたという。どんな様子かはっきりわからないが、妻はとにかくすぐに府中病院に向かうということだった。
 私はレインボーの子ども達全員に、『お祈りの部屋』に集まってもらった。そして、五十嵐パパには五人の子どもがいるが、皆お前達と兄弟であること、さっき長女が交通事故にあったこと、お前達も事故に会わないように車に気をつけること、日本にいて、里親さんや会員さんはいつもお前達のことを祈っていることを伝え、子ども達全員、祈った。
 病院にいる長女を神が守ってくれるように、私はオカリナで「アメージング・グレース」を吹き始めた。
 すぐにデバシシュが目を閉じて、合掌を始めた。隣のパディックも祈り始め、ピンキーの目から大粒の涙がこぼれた。シバも泣いていた。血はつながっていないけれど、兄弟のために祈るこの子達は本当に私達の子どもだと思った。
 子ども達の祈りが通じて、瑞恵は大事にいたらず、無事だった。(五十嵐)
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