レインボー通信

◆2002年5月1日発行
(第4期−第1号)


インド西部地震救援ボランティアの活動報告

 昨年1月26日インドの共和国記念日にグジュラト州を襲ったインド西部地震の被災者のために、2名の看護婦さんがグジュラト州のブージ市で、カウンター・パートのNGO、フレンズ・オブ・オールと共に働いております。
 以下は、Eメールで送られてきた、お二人の活動の様子です。

【2002年4月21日  笹本秀美】
笹本秀美さん  鼻風邪と咳でつらかった体調も、少しずつ良くなってきました。
 さて今週の活動ですが、二つ目の村の歯磨き指導をしました。初めて歯ブラシを見る子どももいて、歯ブラシの持ち方、磨く力の配分から教えました。人に教えることは難しいけれど、子どもって本当にのみこみが早くてびっくりします。
 今度は、画用紙に絵をかいて「なぜ歯をみがくのか、なぜ手を洗うのか」親も交えて指導していこうと思っています。
 また、しばらくぶりに行った村で、子どものケガを薬草で治療していましたが、傷口がかなり化膿して、腫れあがっていました。今は毎日、私たちが行って消毒していますが今後、ケガの手当の仕方も教えてあげたいと思っています。


【2002年4月21日  石原知佳】
石原知佳さん

 昨日はちょっと不思議な一日でした。Rudramataという村でいつものように子ども達に手洗いなどを教えていましたが、一人の男の子が手が皮膚病になったらしく、家庭訪問することにしました。
 その子の家では、父親が蜂に刺されて半身麻痺で寝たきりの状態でした。医者に診てもらったそうですが、ろくに診察もせず(貧しい人だから)、お酒の飲み過ぎで意識がないのだと診断され、昨日まで1ヶ月以上、放置されていたようです。
 幸い、センターで子どもの診察をしているドクターがその村に来ていて、診てもらうことができました。ふつうドクターが村まで来ることはありませんから、こんなこと本当に偶然でした。今ならちゃんとリハビリを施せば良くなるかもしれないと言われるので、まず私達がそのドクターの知り合いに、マッサージの仕方を教わって、明日から子どもの指導と平行して、その家に毎日通うことにしました。
 笹本さんが体調をこわしたり、暑くてしんどくて正直、もう引き上げたいと思っていました。そんな時はいつもは行かない家庭に行って、助けを求めている人と出会わせてもらい、私達はいつも五十嵐さんが言われている「天の導き」を感じさせられました。笹本さんと二人「まだ帰ってはいけない」と言われているような気がしました。この人の治療は最後までやりとげたいと私達は思っています。





インドのお祭りホーリー

 3月28日はホーリーというインドのお祭り、この日はところかまわず誰だろうが色水をかけ、原色の染料を塗りまくって、街中がバカ騒ぎをします。外に出ると危ないので、子どもたちはレインボーホームの中で楽しむことにしました。実は、当日の朝まで五十嵐パパとサンディープさんは対立をしていました。理由は「色水を使わないと面白くない」というサンディープさんに対し、「レインボーが汚れるから普通の水にして欲しい」と言う五十嵐パパ。
色水入り水鉄砲でホーリー!  決着のつかないままホーリーは始まり、子どもたちは色水の水鉄砲を使い始めました。一瞬「やめてくれー」と叫びたかったのを、子供に優しい五十嵐パパはその嬉しそうな笑顔に負け、自らランニングシャツと短パン姿に変身。子どもたちの中へ突撃していきました。
 パワフル水鉄砲を抱え、じゃんじゃん染料を使い始め、やたらとアタック。すると見事に子どもたちから反撃され、あっという間に五十嵐パパは全身原色まみれ。
 当日は子どもたちやスタッフのほか、心の旅の仲間や風に立つライオンの仲間も加わり、みんな大はしゃぎでした。
 お祭りが終わった後、みんなから「蓋を開けたらサンディープさんに文句を言っていた五十嵐パパが一番楽しんでいたのでは…?」とみんなに言われていました。


子どもたちの毎日

なかなか起きない子ども達

 5:30〜 6:00  起床
 一番に起こしてねというはお兄ちゃんのシバ。
なかなか起きられないのはピントゥとリーマ。リーマは起きてからしばらく純子ママに抱っこをしてもらいます。
 7:30  登校
 子どもたちはみんなかわいい制服を着て学校に通っています。
シャワーを浴びる子ども達 10:30  下校・シャワー
 シャワーが始まるとお母さんたちは大忙しです。シャワーが嫌いなシュボ、小さくても男の子がいるとシャワーを浴びないお姉さんマラ。
12:00  昼食
 子どもたちはよくご飯を食べます。とくにピントゥは本当に食欲旺盛で何でも残さず他の子の分まで食べます(笑)
 1:00〜 3:00  お勉強・お昼寝
 小さい子どもたちはお昼寝をし、他の子たちはお勉強をします。
みんな英語のお勉強をよくします。
 4:30〜 6:00  遊びの時間
 子どもたちはおのおの好きなおもちゃを使って遊びます。
 6:00〜 8:30  お勉強
 8:30  夕食
 昼も夜もカレーですが、子ども達はほんとによく食べます。
 9:00  就寝


駐在員さん日誌

ピンキーとサンジュ

 ピンキーとサンジュについて、最近私が感じた二人の変化をお知らせします。
 レインボーに来た当初、二人は反抗的な眼差しでした。とくにピンキーは色目を使ったようなところも多く見受けられました。
 ところが最近、二人の眼差しが優しさと落ち着きを持ったように感じるのです。3歳のサンジュが落ち着いた眼差しをしていたら気持ち悪い(笑)ですが、7歳のピンキーは少し慣れてきたのか、レインボーから脱走しようとしていた頃とはうって変わって、落ち着きをもちはじめました。
 サンジュに関しては、相変わらずやんちゃですが、1歳のルパリにとても優しい眼差しを向けて笑いかけるようになりました。ある時、食事の席でルパリを見ていたサンジュが私に向かって「イケダ・アンクル(池田お兄さん)!ルパリが水を欲しがっているよ。水をあげてよ」と言ってきたのです。その気配りと眼差しを見た私は少し驚きました。そして正直、嬉しさがこみ上げてきたのでした。(池田)


:お知らせ:
レインボーホームに行き、子どもたちの虜になったボランティアさんから、子どもたちが写っているプリクラや葉書が欲しいという声がでました。すっかり親ばかのレインボースタッフ、すかさず制作に取りかかっております。ご希望の方は当協会まで。(担当:西川)




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トピックス


「風に立つライオンの旅」

 昨年、鹿児島に良医をこの世に育てていきたいという主旨で、特定非営利活動法人『風に立つライオン』が誕生した。ピュア・ハート企画とNPO法人レインボー国際協会では、マザー・テレサの施設でのボランティアということで、そのスタディー・ツアーを引き受けた。一年前に代表の堂園晴彦医師が『インド心の旅』に参加したことがきっかけである。
 今回3人の医師、8人の医学生を含めた『風に立つライオンの旅』と『インド心の旅』との合同企画は、2002年3月26日から10日間の日程で行われた。
 『風に立つライオン』は歌手さだまさしの曲名である。若い医師が途上国での医療を志し、彼女と別れてアフリカに旅立つ。「あなたや日本を捨てた訳ではなく、僕は現在を生きることに思い上がりたくないのです」と歌は綴る。「診療所に集まる人々は病気だけれど、少なくとも心は僕より健康なのです」
 現代の私達が忘れていった大切なものを、この歌は思い出させてくれる。


レインボー・ホームにいつでもおいでください

 カルカッタのレインボー・ホームには、昨年12月より駐在員の池田俊司や長期のボランティアさんが、皆さんが来てくださることお待ちしています。
 里親会員になっている方は無料、その他どなたでも一泊10US$(3食付き)で宿泊できます。マザー・テレサの施設見学も含め、カルカッタ市内観光も当協会の駐在員がご案内させていただきます。



*** 編集後記 ***
 三月に入って、私は考えたいことがあって、カルカッタのレインボー・ホームの自室でひきこもりをしていた。ピュアになれない自分が嫌だった。人を責めてしまう自分が許せなくて素直な気持ちで神様の前に立てない自分が哀しかった。 
 レインボー・ホームで長期でボランティアをしてくれている木根純子さんや田中つねみさん、駐在員の池田は「気のすむまでヒッキーしてかまわないし、私達のことは心配しないで」と言ってくれるが、その優しさすら哀しかった。
 私のヒッキーは十日間続いた。そんな時、あとから木根純子さんに聞かされた話である。
 毎日、部屋に閉じこもっているとき、私の部屋のベランダに一羽の白いフクロウがずっと止まっていたそうである。
 そのフクロウが、何をずっこけたのか、それとも眠りこけたのか、ポテッと地面に落ちた。木根さんとレインボーの子ども、マラは落っこちた白いフクロウを介抱して、また私のベランダに戻してあげたという。元気になってフクロウは飛んでいったそうである。
 私はやっとわかったような気がした。自分が神様と向かい合えなくて苦しんでいるときも、それでも見守られていたことを。そして、ふっと日本にいる妻のことを思った(五十嵐)
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