レインボー通信◆2001年9月25日発行(第3期−第3号) レインボー・クリニック毎日6時間の診療体制整う 2000年8月15日にスタートしたレインボー・クリニックですが、当初3人の現地ドクターが週に1時間ずつボランティアで協力してくれておりました。
またレインボー・クリニックは問診、触診を基本的な診察とし、薬の処方箋を出してやるやり方(ポリクリニックという)ですが、血液検査やレントゲン、尿検査などの環境が整えば、注射や点滴などによる治療も可能になり、もっと貧しい人々の役にたっていくことでしょう。 移動診療もスタート
カルカッタの郊外には、ドクターもいない貧しい農村があります。当クリニックでは8月18日より田舎に車で出かけ、移動診療を始めました。 ![]() 虹のファミリー☆名前の前の番号は、レインボー・ホームに来た順番です。 ホーム・マザーのリリー
実家がレインボー・ホームの近くのシブランプールにあって、最初はレインボー・ホームの通いのヘルパーとして勤めていた。夫はアルコール依存症で酒乱のため、次男のシュボと共にレインボー・ホームに避難してきた。長男は腎臓病を持っているが、実家の祖父母が世話をしている。現在22才であるが、10人の子育てに邁進。そのバイタリティーはスゴイ!に尽きる。
父を亡くし母が貧しくて育てていけなくて、2000年11月6日に妹のスジャータと共に引き取る。実姉が一人、他の施設にいる。小学1年生。スジャータはもちろん下の子ども達の面倒をよく見る、さすがはお姉ちゃんである。今年に入って上の前歯2本が抜けてみそっ歯になってしまった。ちょっとかわいそう。頭がとても良い。
2000年11月6日に姉のマラと共に引き取る。幼稚園年長クラス。笑うと厚い唇が『だっこちゃん』人形のように丸くなる。 リーマが来る前は、いちばん甘えっ子だったが、リーマが来てからは少々ひがみ屋さんになっている。
父を亡くし母は精神障害のために子育てができなくて、2000年11月6日に引き取る。幼稚園年長。おっちょこちょいでちょっとおばかさんだが、愛嬌があってひょうきん者。時々、緊張した顔を見せる。
父は家出し行方不明、母は癌で闘病中のため、2001年1月8日引き取る。年の割に学力がちょっと足りないため、小学校予備クラスへ通いながら猛勉強中。運動神経は抜群で逆立ち、駆けっこはすごい!スポーツマンに育てたら将来有望である。
ホーム・マザー、リリーの次男。泣き虫でしょっちゅう他の子ども達とけんかしては泣く。 泣けばリリーに訴えにいくが、複雑な気持ちのお母さんリリー、今は10人のお母さん.複雑な気持ちはシュボも同じ、リリーは自分だけのお母さんでなくなったんだから。 幼稚園年少クラス。
父は心臓病、母は精神障害で子育てができないため、2001年5月9日に引き取る。幼稚園年長クラス。いつも遠くからみんなが楽しそうに遊んでいるのを眺めている。抱きしめると本当に嬉しそうな顔をするが、自分から甘えていけない孤独ちゃん。
両親とも死亡。2001年5月9日レインボー・ホームに。幼稚園年長。小柄だが抱くとずっしり重い。親はいないがお婆ちゃんからはかわいがられたのだろうか、お婆ちゃんが面会に来ると、とても嬉しそう。
父は家出し行方不明、母は貧しくて育てていけないために、2001年6月2日引き取る。他の子ども達のまねをして甘えようとするが、まだ心が開けないでいる。時々、強い分離感を示して他の子どもともよく喧嘩するわがままちゃん。とても小作りで抱っこされるのは大好き。幼稚園年少クラス。
ラフールと双子。両親ともいるが家が貧しく子育てができないために、2001年7月5日ウエスト・ベンガル州社会福祉局の依頼で、双子のラフールと共に引き取る。学校は入学準備中。同じ双子でもラフールyり積極的で、新しいスポーツにも挑戦的に覚えようとする。(写真右がラジュー、左がラフール)
ラージクマールと双子。二人はそっくりでなかなか見分けが付かないが、ラフールは鼻の右側の付け根部分に3cmほどの傷跡がある。ひっこみじあんで始めは素直に甘えられないが、安心するとベターっとするタイプ。でも時々寂しそうな顔をする。 トピックス8月15日インド独立記念日の催し
レインボー・ホームでは地域の小学校に広報して約400人ほどの生徒達、先生方がレインボー・ホームに集まりました。国旗を掲揚し国歌を斉唱。マザー・テレサのボランティアの方々、吉備国際大学の学生さんも数人参加し、レインボー・ホームはとてもにぎやかでした。 地震救援ボランティア 1月のグジュラト州を襲った大震災は、多くの爪痕を残し、今も尚住む場所もない人達や、親を失った子ども達が苦しんでおります。
|