レインボー通信

◆2001年6月25日発行
(第3期−第2号)


Reemaの来た日

 6月2日の夕方、小さな命が二つレインボー・ホームに来ました。一人は3才の子どもReema、タクール・プクールのスラムに住んでいる21才の若い女性が、一人の女の子を連れてきました。
 彼女は事情があって親に勘当され、Reemaを生んだが、夫が行方不明。貧しくてこの子を育てていけない、というのです。
 若いお母さんと面接をしている間、事情もわからないReemaはレインボーの子ども達と楽しそうに遊んでいました。
 もし、私達が預からなかったら、捨ててしまいそうな雰囲気を感じ、私は決断しました。
 お母さんは私たちとの、面接が終わると、子どもと挨拶するでもなく、さっと帰って行きました。
 夕食の頃から「ママがいない、ママ」と、Reemaは泣き続け始めました。ホーム・マザーのリリーが抱きしめると、ふっと泣きやみ、また思い出して泣きます。
 ちょうどその日はマザー・テレサの施設で長期ボランティアをしている南雲理江さんと吉川真美さんが、レインボー・ホームに泊まりに来てくれておりました。また、レインボーのボランティア、山崎ちひろさん、軽部満喜子さんを含め、私たちは為すすべもなく、ただ祈るだけでした。
 もう一人、突然若いお母さんが、栄養失調でがりがりの子どもをかかえてやってきました。やはり育てていけないから、捨てたいって言うのです。名前はソーメン、生後まだ4ヶ月です。このままだったらぜったい死んでしまうし、だからといって預かったらリリーが大変なのはわかりきっていること、判断に迷いました。
 その栄養失調の子を見てリリーがどう判断するか彼女に会わせました。
「OK、ノープロブレム」、とすぐに答えたリリー、自分が育てるというんです。思わず私は泣いてしまいました。
 なぜならさっき8人目の、3才の女の子、Reemaを受け入れたばかり、そして1時間も経っていないのに、この4ヶ月の乳飲み子を見たら「私が育てるから任せて」って言うんです。
 「何なんだろう、この母性。この強さ、この暖かさ、女の人って、そうなんだあ」男がいくら偉そうなこと言っていても、ぜったい女の人にかなわないと思いました。こんなすごいお母さんがレインボー・ホームにいます。リリーは22才です。
 翌朝5時半、Reemaのことが気がかりで目が覚めると、すでにリリーが浄水槽の所に腰掛けて髪をとかしていました。
「Reemaは何時まで泣いていたの」と聞きました。「2時まで」と答えるリリー。
 リリーは昨日は全然眠れなかったと思います。
 生後4ヶ月のソーメンは、家庭環境を聞いたら、レインボー・ホームの近くに住んでいます。レインボーに通いながら子育てもし、その日はミルクを買って与え、レインボー・クリニックにも小児科の先生がいるから、しばらく通ってくるように言って、家に帰しました。その間にできるだけ、子捨てをしないように説得しようと思います。(五十嵐)




ひまわりとノートアイコン

お便り


 レインボー・ホームに、3人の子どもが増え、現在は8人となりました。増えた子どもは、ビクラム・ダス、1996年8月14日生まれ(4才)、ビカッシュ・ショウ、1994年12月18日生まれ(6才)、どちらも男の子、そして表紙で紹介したリーマ、1998年5月生まれ(3才)です。
 男の子2人は、シバが住んでいたカスバのスラムでソーシャル・ワークをやっているラトナ先生が5月に、レインボー・ホームに連れてきました。ビクラムのお父さんは心臓病、お母さんは精神障害で子どもを育てることができません。またビカッシュの両親は亡くなって、育ててくれる親戚もいません。
 そして、リーマ(3才)がやってきてレインボー・ホームはとってもにぎやかです。マザーのリリーだけではとってもたいへんなので最近、ヘルパーさんを雇い、洗濯、掃除、食事作りを手伝ってもらっています。
 レインボーでいちばん力を入れているのは教育問題です。子ども達は貧しくて、親が子育てできなかった子ども達です。ですから特に上の子、シバや、マラは同年代の子に比べかなり学力が劣っています。今年の3月から、家庭教師の先生を雇い毎日、猛勉強しています。
 あの子たちが将来、自立していけるかどうかは学力しだいと言っても、過言ではありません。それこそ能力のある子は、どんどん日本の学校に進学したり、就職させてやりたいと思っています。
 ただ今、レインボーの子ども達に日本語を教えてくれる長期のボランティアさんを募集しています。


レインボー・クリニック

 前回、インドグジュラト地方をおそったインド西部大地震の救援金の募金をさせていただきました。
 合計280万円のご寄付を頂き、さらに郵政省ボランティア貯金より154万円の配分金がおりました。
 私達は、現地スタッフを中心に、看護婦さん2名を派遣し、ブージを中心とした被災者の長期的な支援を援助していくべく、準備を進めています。詳しい、報告はレインボー通信の紙面で随時、報告させていただきます。今回、レインボー・クリニックの新しい展開、多種の医療機器を用いた診療、即ちパソロジー(インド独特の医療制度)の許可を申請しました。また、貧しい農村地区に対する移動クリニックも、8月からスタートする予定です。尚、診療体制を強化するために同じく郵政省より、158万円の配分金がおりたことも報告申し上げます。

医師
現在の診療体制
月曜19:00〜20:00産婦人科Dr.K.Mazundar
火・木曜17:00〜19:00小児科Dr.Anjankar
木曜17:00〜18:00ホメオパティックDr.C.S.Chatterjee
土曜19:00〜20:00一般内科Dr.A.Bhattacharya

お知らせ

 メーリング・リスト立ち上げの時は、私がカルカッタに移動の途中だったものですから、皆さんに混乱を与えてしまいました。(反省)
 でも、今はとても落ち着いて、人生について、レインボーについて、真剣、かつ楽しく自由な発信が為されております。
 メーリング・リストに、参加なさりたい方は下記に、ご一報下さい。もちろん、登録は無料です。気に入らなかったらいつでも自由意志で脱退できます。
→登録はこちらまでメール下さい


新刊紹介

題名     『私はマザーに会った』  〜20人が語るマザー・テレサのすがた〜
発行所  女子パウロ会 1300円+消費税
著書     白柳誠一/粕谷甲一/A.ボーガルト/澤田和夫/草野知恵子/千葉茂樹/大瀧玲子/白井詔子/J.ファーロン/岡宏/関屋スミ子/川本義隆/高塚延子/平井章/岩岡佳子/枝見太郎/ハリ・タバ/片柳弘史/新谷のり子/五十嵐薫 の20人

 こんなにたくさんの方で書かれた、マザーに関する本って初めてですよね。五十嵐がトリをつとめさせていただきましたが、本当は私が書いたのではなく、女子パウロ会のシスター山本が、苦労に苦労を重ねて、日本中インタビューし回って書かれた本です。でも彼女の名前がどこにも載っていないことに、私は感動しました。本当にシスター山本は神様の仕事をなさっている方だなと思いました。それだけに本当、とっても良い本です。
本  私の所には、著書割引きで入りますし、3冊以上ご注文いただければ、送料無料で送らせていただきます。2冊でしたら150円、1冊でしたら、300円の送料をご負担下さいますでしょうか。10冊以上でしたら、割引もできます。
→お問い合わせは当協会まで


☆新人紹介☆
 皆さん、こんにちは。5月の連休明けからレインボー国際協会でお手伝いをさせて頂いています、西川万知子といいます。
 この春、神戸のフェアトレードショップの常勤を退き、ジュエリーの勉強のため関西から単身上京してきました。
 学生の頃は社会福祉を勉強しながらアジアのあちこちを旅し、旅を通した出会いの中で、レインボー国際協会に辿り着くことができました。私の人生はいつも恵まれた「出会い」によって変わり、「つながり」によって開かれていっています。
あじさいとてるてる坊主  私がここにいられることを多くの方に感謝してレインボーのために、かわいいインドの子ども達のために、そしてそれらがすべて自分自身のためと知りつつがんばっていこうと思っています。
 おっちょこちょいな私ですが、よろしくお願いします。\(^。^)/



子どもの受け入れ基準
☆レインボー・ネットワークのメーリング・リストより☆

 レインボー・ネットワークでは、5月20日から、Eメールを利用してメーリング・リストをスタートしました。指定されたアドレスにみんながメールすることによって、登録者全員に自動的に配信されるシステムです。参加者はいろんな質問、意見、情報を交換し、共有し合うことができます。


【ある日のYさんの質問】
 数年前に「インド心の旅」に参加して、初めてのインドに、カルチャーショックを受けつつ、カルカッタが大好きになりました。と、同時にスラムに住む人、路上生活を余儀なくされてる人々を目の当たりにしてたくさんのことを学ばせていただきました。その頃すでに、レインボー・ホームのプロジェクトは進行しつつあり、何年もかかって、こうして実際に活動が始まったことを嬉しく思います。
 で、私はとっても単純に、そういった不幸な環境の中にいる両親のいない子ども達が、家族の温もりを十二分に味わい生活していく場がレインボー・ホームなのだと解釈しています。去年、ホームのオープニングにも参加しましたが、すでにマラ、ピントゥ、スジャータというシャイで、かわいい子どもたちがいました。彼らは何らかの「審査」の結果、ほかの施設(救世軍)からやって来たということでした。
 それ以前の彼らがどんな生活をしていたのかわからない故に、今回の質問がうまれた訳ですが‥‥、あの子達もStreet Childrenだったのですか?
 レインボー・ホームはどんなバックグラウンドを持つ子どもたちに生活の場を提供しようとしているのでしょうか?そして何らかの「審査」があるとしたら誰が行い、それはどのような基準に基づくものなのでしょうか?(勿論否が応でも大勢の中から「選ぶ」という行為は避けられませんよね。)
 もうひとつ、「審査」の過程で子ども自身の意思は尊重されているんでしょうか?
 大人サイドのやりとりですべてが決められこっちの施設からあっちの施設へ、というんだとしたら、個人的にはちょっと悲しいです。もちろん、どんな生い立ちであろうとも家庭が必要な子にとってレインボー・ホームで生活することが、その子の人生の中でかなり大きな転機になり、より多くの選択肢を持つことができる場所になるでしょう。
 など、など、私の中でいろんな妄想が広がってしまいます。(笑)
 あ、最後に、これらの質問はすでにレインボー・ホームで生活してる子どもたちに対するものではありません。里親の一人として(少なくとも私は)レインボー・ホームの方針を確かめ、応援したいと思う気持ちからです。

【回答】
 マザー・テレサは、この世で最も貧しいのはお金や食べ物がないことでもなく、自分なんて必要とされていないと思っていることだと。
 私と家内は、若い頃(今でも若いと思っていますが)、自分なんてこの家庭に必要とされていない、自分なんてこの学校に必要とされていないと思っている登校拒否や家庭内暴力、非行の子ども達と一緒に暮らしてきました。家内はあの頃の私たち、いちばん輝いていたよね、って言います。
 右も左もわからず、がむしゃらに生きてきた時代でした。そして今、マザー・テレサに触れて、よくわかるんです。自分なんて必要とされていないと感じている子どもに、あなたを必要としている人がここにいるじゃない、と伝えていきたいのです。なぜならその時、自分の命が最も輝くように、自分は造られていることがわかるから。こんな自分でも神様は、そのように造ってくれたんですから。
 さっき、子どもと一緒に遊びながら、子どもにお昼寝させました。私の左腕にシバが腕枕、左の手の平にビカッシュが頬をすり寄せて、右腕にスジャータとマラが腕枕、仰向けになっている私のお腹の上で、ピントゥがすやすや。私はただ、ぽろぽろ泣いていました。「ああ、自分はこの子たちのお父さんなんだ」って。
 さて、どんな子どもを受け入れようとしているのか、という質問ですが、レインボーで受け入れていくのは、一言で言ったら「捨てられた子ども達」です。今8人の子どもがいるのですが、スボをのぞいて、全員スラムで生まれ、スラムで生きてきた子ども達です。ビカッシュだけは両親がいませんが、他の子たちは片親がいます。しかし、そのお父さん、お母さんはこの子たちを育てていけなくて、捨てたのです。共通の理由は貧しさです。その上親の精神病、また癌などの病気が重なっています。親戚もいるんでしょうけど、この子達を助ける気はありません。やはり、同じく貧しいのでしょう。
 実務的な話しに入りますが、私たちは最初にウエスト・ベンガル州の社会福祉協議会にインフォメーションしました。「親のいない子、親に捨てられた子がいるならひきとります」と。(現在、マザー・テレサのMissionaries of Charityにも登録しています)そしてマラと、スジャータは救世軍の施設が手一杯だと言うことで、こちらに回されてきました。ピントゥは社会福祉協議会から直接あずかりました。そのうわさを聞いて、スラムで無料教室をしている学校の先生ラトナさんがシバと、ビカッシュとビクラムを連れてきました。全員同じスラムです。審査基準は、「親に捨てられ一人で生きていけない」という基準です。判断はサンディープを中心にジャー氏、ディネッシュ氏が決めました。もちろん環境を吟味した上です。いちばん重要視したのは、スラム現場で自分を捧げているラトナ先生の意見です。
 次に、大人だけで決めて、子どもの意見は聞かないのかという問題ですが、あの子たちは本当は、お父さんまたはお母さんのもとにいたいに決まっています。どんなにお母さんが気が狂っていようと、病気になっていようと。私だって赤ちゃんだったら、そうだと思います。でもそこにそのままいたら、あの子たちは死んでしまうのです。もしくは必ず路頭に迷うでしょう。誰かが判断してやらなければならないと思うのです。命を守るために。
 ここでもう一度精神論に戻ります。私は、こうしてレインボーに来る子ども達は神様が決めていると思います。神様にあずかった命だと心の底から信じています。この命を本当に大切に育てて、神様にお返しするのがレインボー・ホームの役目だと考えています。
 こんな自分でも神様の役にたって生きていきたいのです。家内もそうです。どうか、お祈りください。私たちが神様の道具になりきって生きていけますように。
 余談。このメールを書いている途中、レインボー・ホームでボランティアをしている山崎ちひろさんが私の部屋に入ってきて、「五十嵐さん、風邪ひいた?」と。実は泣きながらこのメールを打っていました。
 Yさん、そしてこのメールを読んでくださっている方々、どうか、自分なんて必要とされていないと思っている人々に、「あなたを必要としている人がここにいるじゃない!」と言う生き方をしていこうよ。
 神様、いっさいは、あなたの渇きに答えていくために。
2001年5月31日 五十嵐



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図書室にMAKIKO文庫

 前回、図書室にTAKAKO文庫と称し、諸田貴子さんから本棚が寄贈されたことを報告しました。それに感動した彼女のお母さんが隣にもう一つ、MAKIKO文庫を寄贈してくださいました。この本棚には、英語、日本語の絵本を中心に並んでおります。
 レインボーの子ども達のために、本を寄付してくださる方、ご連絡下さい。

【連絡先】 〒115-0055  東京都北区赤羽西4-52-1  みどり鍼灸治療院
               諸田 貴子  TEL:03-3900-5565  携帯:090-4742-1996

(影の声)そう、私は鍼灸師なのです。五十嵐さんの主治医という噂も‥‥。国家試験にパスして最初の患者さんが五十嵐さんでした。腰痛、肩こり、筋肉痛、何でもお気軽にお電話下さい。


レインボ・ホームに祈りの部屋

 インドの建築のやり方、ご存じでしょうか。部屋を増やすときは間仕切りに煉瓦を積んで外から塗り固めるだけ、そしてドアをつければ、「はい、完成」。
 ホームの2階に「祈りの部屋」と、大部屋ができました。
 1月のグジュラト州の大震災で、アーメダバードのMissionaries of Charityを訪れ、祈っているとき、レインボー・ホームに祈りの部屋、一人で内なる自分と対話ができる部屋の必要を感じました。東京に戻ると、その増築に必要なお金とぴったり同じ金額の寄付が振り込まれていました。ここまで私達のレインボー・ホームが見えない世界に見られているのかと、震える思いでした。
七色のハート  今、祈りの部屋が完成し、ホーリー・ランドのクロスと、ヒンズーの学問の神様サラスワティの像が置いてあります。ホーリー・ランドについては、またの機会に説明申し上げます。



*** 編集後記 ***
 五月、六月のカルカッタは本当に暑い。初めてインドに来た十六年前、もっと体力があったはずなんだけど‥。
 リーマが「ママがいない。ママがいない。」って泣いている時、幼い頃、遊び疲れて寝てしまい、目が覚めたら母がいなかった時のことを思い出しました。
 外に出て泣きながら母さんを捜したあの時の自分、「何も欲しくない、ただ母さんがそばにいて欲しい」と、探し続けました。
 たまらなくなって、私はリーマを抱いて、近所を散歩しました。二人の近所のおばさんが「新しく入ったベビーか?」って、泣くリーマを抱いてあやしてくれました。
 すごいですね。女の人に抱かれると今まで私に抱かれて、泣いていたリーマが、ぴたっと泣きやむんです。お父さんの私はおばさんに脱帽!また。私に抱かれると、また泣くもんですから、近所の駄菓子屋さんからチョコレートを買ってあげて、ごまかしました。
あーあ。(五十嵐)
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