レインボー通信

◆2001年4月10日発行
(第3期−第1号)


インド西部大震災

 2001年1月26日はインドの建国記念日で、全インドの祝日でもありました。
 朝8時46分インド西部グジュラト州をおそったインド大震災は、カッチ県ブージを中心に、多大な被害を与えました。死者3万人、負傷者は10万人以上と推定されます。カルカッタでレインボー・ホームをスタートした私たちも身近にあって、とても黙っているわけにもいかず、すぐにアーマダバードに飛びました。
 地震の中心地ブージの建物が密集した街の商店街は、破滅状態で多くの建物が瓦礫の山と化しておりました。復興もはかどらず、あちこち死臭のただよう所もありました。
 また周囲のバチャオ、アンジャールでもほとんどの建物が崩壊し、たくさんの死傷者を出しました。
 私たちに何が出来るのか、レインボー・ホームの基本的な目的は、孤児の救済と貧しい人への医療提供にあります。
 私たちのレインボー・ホームは昨年の11月11日にスタートしたばかりで、基盤もまだしっかりしていない状態ですが、このような時にこそ、私たちにできる範囲で、震災遺児の受け入れや、長期的な医療チームの派遣など被災者への支援・救済をしていこうと思います。そのための救援金の募金をスタートして、すでに200万円以上集まっております。
 現在、現地のNGO「Friends of All」と連絡を取り合っていますが、インドは手続きの面倒な国、すんなり遺児の受け入れができるとも思いません。その場合の寄付金はすべて、今回の救援にふさわしい団体へ委ねることを了解していただき、みなさんの善意をお願いいたします。
 被災者の方々のために、どうぞお祈り下さい。


【送金窓口】  郵便振替 口座:00110-3-412346
                   加入者名:レインボー・ホーム
※通信欄に『インド西部地震救援金』とお書き下さい。
お問い合わせは当協会まで



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お便り


男の子と女の子

 レインボー・ホームには現在、5人の子どもが住んでいます。4月16日から全員、すぐ近くの学校に通うことが決まりました。今回はこの子ども達を紹介しましょう。

 いちばん上が、マラ・トドゥ、1993年10月16日生まれ(7才)小学校1年生になります。次がシバ・ショウ、1994年12月18日生まれ(6才)小学校に入る前のトランジッション・クラスです。日本で言えば年長組でしょうか。次はデブラタ・パイラあだ名はピントゥ、1995年生まれ(5才)。次がスジャータ、1996年11月16日生まれ(4才)。ピントゥとスジャータは保育2年、いわゆる年中組です。最年少のスボ・ダスは1998年7月18日生まれ(3才)。保育1年、年少組に相当します。
 お母さんは、スボ・ダスの実の親、リリーと言います。22才の若いお母さんです。旦那さんもある人ですが、わけ有りで実子ともにレインボーで受け入れる話が進行中です。残念ながら、前のお母さんのバンダナさんは、長く続きませんでした。今は次のファミリーを作るために、2人目のお母さんを捜しているところです。
 マラとスジャータは実の姉妹、プックリしたほっぺがよく似ています。何と言ってもスジャータのほころんだ顔は100万ドルの笑顔。思わずそのほっぺを、かじりたくなってしまいます。マラは頭の良い子、歌を教えるとすぐに歌詞を覚えます。臆病なのが弱点かな。でも実に優しい子で、他の子たちに対する気配りは、大人顔負けです。
 シバは、これまた笑顔のかわいい子。スポーツマンに育てたいくらい運動神経がよい子です。先日「インド心の旅」のメンバーと一緒に縄跳び、「大波、小波」をやったらすぐに覚えました。2段飛びだってへっちゃら。将来とても有望です。
 ピントゥは愛嬌がとりえ。ひょうきん者でおっちょこちょい、ちょっとおバカさんかな。とってもかわいい顔なんだけど、甘えたいくせに時々、緊張した顔を見せるのは、まだ親に棄てられた心の傷を引きずっているのかな。
タンポポとみつばち  スボは、お母さんの実の子。よく泣きます。だって今まで自分だけのお母さんが、ある時他人のお母さんにもなってしまったんだから、幼い心はどんなに複雑か。どうか屈折せずに、育って欲しいと祈っています。
 もうじき6番目の子が、レインボー・ホームに入ってきます。今、面接と手続きを始めたところです。(カルカッタより)


レインボー・クリニック

 レインボー・ホームのもう一つの働き、貧しい人達への医療提供を目的として、レインボー・クリニックはスタートしました。
医師  実際始めてみると当初わからなかった様々な問題が出て参りました。あまりにも日本のシステムと違いがあるのです。まず、日本では当たり前の注射、点滴などの医療行為がパソロジーという分野の許可がないと何もできないのです。血液検査はもとよりX線、心電図、エコーなどの検査は医者はタッチせず、それぞれ専門の資格を持ったスペシャリストが行い、医者はそれを判断するだけなのです。
 レインボー・クリニックでは、ポリクリニックという政府の許可を取り、3人の現地ドクターが週3回、ボランティアしてくださっているのですが、単に問診、触診でほとんどの病気を判断、簡単な処方箋を書いて薬屋さんに持っていくだけです。一人ずつのカルテだって記録に残しません。
 北海道から富部勝先生が、長期でボランティアに来て下さったのですが、残念なことに日本のシステムとの違いから医療行為をすることができず、せっかくの力を発揮することができずに、帰国せざるを得ませんでした。
 郊外の貧しい農村に対しての移動診療に於いては上記の問題は許されるようですし、レインボー・クリニックでは現地のドクターを用意してのモバイル診療所を計画しております。と同時に設備を充実させ、パソロジーの許可を取る方向を検討しております。
 トップ記事と重複しますが、インド西部大地震の被災者に対しての長期にわたる支援、7月以降には医療チームの派遣も考えております。


第2期工事と設備拡張

 最初のお母さんが、長く続かなかった反省点の一つにレインボーの中に、悩みやストレスを話し合える女性の仲間がいなかったことがあげられます。早急にもう一人、ホーム・マザーを受け入れ、ファミリーを増やす必要を感じ、部屋の増築にとりかかりました。またファンや電灯、台所用品などの家具や、子ども達の勉強机、事務所の備品、造園などにもお金がかかります。
 どうぞ皆様のお知り合いに、このレインボー・ホームをお伝え下さい。




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トピックス


図書室にTAKAKO文庫

 レインボー・ホームの2階に、子ども達が勉強する図書室があります。昨年11月、レインボー・ホームを訪れた東京都在住の、諸田貴子さんが図書室に、本棚を寄贈してくれました。
本棚と女の子  そして子ども達が喜びそうな日本の童話、絵本で本棚をいっぱいにしようと、友だちに呼びかけているそうです。またTAKAKO文庫には京都の増田悦子さんが寄贈して下さった英語を勉強するための世界の童話とCDも並べられてあります。
 貴子さんの夢を聞いて、彼女のお母さんが二つ目の本棚の寄付を申し出て下さり、現在インドの大工さんが作成中です。


子猫<虹の助>6番目の子どもか?

猫

 3月21日、ピュア・ハート企画が実施している第54回「インド心の旅」のさなか、宿泊中のホテル・ウエレスレーの前で、生後間もない捨て猫を発見。乳井光子さんの部屋で一晩過ごし翌日、レインボー・ホームにひきとられました。名前は<虹の助>。ホームの子ども達は、猫なんて触ったこともないので、抱くのもこわごわ。
 今は長期でボランティア・スティしている山崎ちひろさんに、毎日食事を作ってもらい、すっかり我が物顔にふるまっています。



*** 編集後記 ***
 2月までの寒い季節が嘘のようにカルカッタは、日増しに暑くなっていきます。レインボーの食事はいつもはベジタリアン料理、週に3回「肉の日」、「魚の日」、「卵の日」があります。子ども達はその日が大の楽しみ。どの子も、お肉は大切にとって置いて、最後に食べます。
 彼らを見て「ああ、自分も小さい頃、そうだったっけ‥‥」ふっと、心温まる一時です。(五十嵐)
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